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連載 第九話 明日香 二十四歳 風邪という大病

第九話 明日香 二十四歳 風邪という大病


今まで生きてきた人生の中で、一番の休みは小学校の夏休みだった。期間も長かったし、それなりに宿題はあったけれど海に山に遊び尽くした。三歳ぐらいの頃なんて一年中が休みのようなものだけれど、あまり記憶もないし「休み!」として意識したことなんてない。
学校や会社という、やらなくてはいけことがあって、その狭間の期間だから「休み」なんだと思う。
春に退職した私には白紙のカレンダーが広がっている。何をするのも自由だったけれど、小学校時代の夏休みと違うのは自分の意志だけでは動かしきれない身体があるということだった。                                        


月に一度の整体と、週に一度の病院通いが始まった。
時間の経過と共に筋組織が失われていくとはいえ、適度な運動や意識的に身体を動かす
リハビリで進行をやわらげる努力はできる。会社勤めをしている頃は病院へ行くこともできないほど疲れ切ってしまっていた。堅く動きが鈍くなった筋肉を、理学療法士の人に動かしてもらうのだが、これがとても痛い。誰でも体育の授業で二人一組でストレッチをしたことがあると思うが、あの感覚と同じだ。

「明日香さ〜ん、相当堅くなってますよ。元々、カラダ堅いでしょう?」
担当医の山咲達哉は、ほとんどの患者を名前で呼ぶ。
それが嫌みな感じもなく、さらりと言えるあたりが、この人の人当たりの良さを物語っている。

「あー、いえいえ。中学の時は剣道部でしたが、
練習後ずっと柔軟体操やってましたけど・・・。イー!!!ッタタタタ」

「ほんとですか〜? まぁ、焦らずゆっくりやっていきますけどね。
ハイ!もう一回行きますよ。イチ、ニノ、サーーーン!」


・・・自分でも本当に剣道部だったんだろうか、と思うぐらい堅いし痛い。自力で歩けているうちはよかったのだろうけど、動かす機会を失うと、足がむくむことが多くなった。
フルートを演奏していた頃も、座奏・立奏問わず同じ姿勢を続けることは身体に負担が大きかった。
今は、生活の中で同じ姿勢を取らざるを得ないことが増えた。できる限り腕力を使って足の組み替えなどをするように意識するのが一日中必要なことになった。

私の身体が変わるように、中学時代の地元友人の環境も変わっていた。
なかでも私にとってありがたかったのは、看護職に就いている友人が多かったことだ。
専門的な勉強を経てきている彼女達だから、遠位型ミオパチーという病名が初耳であっても、だいたいどのようなものか理解してくれる。今、私に何が必要かも理解している。
要するに話が早いのだ。
そして、土日平日が関係なくなった私にとって、一緒にドライブに行くことができる平日休みの友人がいることは嬉しかった。基本的には一人、介助をしてくれる人がいれば身辺のことは、ほとんどできたので、学生時代の友人の結婚式に参加したり、夏は海外旅行でグアムにも行けた。暑いのは嫌いではない。冬に比べたら、断然夏がいい。冬は着る服も増えるし、服の重量で首や肩が凝る。なるべく軽く、薄着でいられる夏の気候はとても楽で、いっそ沖縄とか暑い国に永住してしまいたいくらいだった。八人での大集団旅行だったが、うち四人は介護か看護に携わっている友人達だったので非常に心強い。誰もが、そんな友人ばかりでないと思う。私は人の縁に恵まれていた。
とても幸せなことだと思う。


二○○X年、十一月。
かなりひどい風邪をひいてしまった。十日前後寝込んでしまったせいで、今までのペースが崩れてしまった。食欲もこの頃は一気に落ちてしまったので、体重も落ちたしなによりも一気に筋力が落ちてしまった。
風邪が完治した後、リハビリで戻った筋力もあるが、戻らなかった部分の方が多い気がする。この風邪の後、家の中で立つということはできなくなった。風邪をひく以前は、座席の少し高い車からならば、シートから一度降りて掴まり立ちをしてから車椅子の座席に移っていたが、それも難しくなり年明け前後には人に介助してもらって移るようになっていた。
高齢者でも一番気をつけなくてはいけないのが風邪だった。年齢のわりにとても元気!と思っていた人も、たった一回の風邪で体調を崩してしまう人は多い。そのまま寝たきりになってしまう人だっているし、こういった「単なる風邪」をきっかけに肺炎などを併発してしまう人もいる。
今後、どんなに面倒であっても手洗いと、うがいだけは欠かさないようにしようと思った。一瞬の気のゆるみから再び風邪をひいたら、苦しむのは自分だ。

暖かい季節の内は快適だったが、冬は完全に引きこもりがちになってしまった。せっかく、時間もあることだし、今まで曖昧だった知識をまとめ上げるために、遠位型ミオパチーをはじめ、筋ジストロフィーなど、この病気に関連しそうな本や資料を集めて、病気の理解を深めた。医学の専門的な論文なども、病院勤務の友人にお願いして公開できる資料を見せてもらったりしているうちに
(もう、どの資料を読んでもだいたい知っているか似たようなことが書いてある)と思えるぐらいになった。
病気の告知を受けた時は特に説明がなかったけれど、食べ物を噛んだりする力などには病気が進行しても影響がないと書いてある資料があった。他にも、「病気の発症から十年くらいで車イスになる」と書いてあったり、病状の進行と解明が同時に進んでいる病気だということが改めて分かってきた。

治療方法も薬もない病気。
最初は目の前が真っ暗になった。だからといって、色々なことを諦めたくはない。そして、「不治の病」を理由に無知であることはよくないことだと、私は思う。分からないことには分からないなりに、知ろうとすべきだし知識が危険を回避してくれることもある。呼吸器や内臓筋肉について、普通の人となんら変わらない。であれば、大病をしない限り寿命にも大きな影響はないと言える。大切なのは動かない筋肉を意図的に動かすことと、風邪などの病気について厳重に注意すること。
知識は、本当に心配すべき事柄と、そうでない事柄を分け隔ててくれる。それがほんの少しであっても、心の余裕を産むことになるのであれば、長くなるであろう闘病生活にとって有益なことになる。
嬉しいことも辛い時間もあったけれど、たくさんのことを吸収した一年。

長いようで短い一年が過ぎ、再び春がやってきた。



(第十話  明日香 二十五歳 涙 に続く

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